これを知らずにエンゲージリングは贈れない。ANTWERP BRILLIANT(アントワープ・ブリリアント)のダイヤモンドについて
こんにちは!先日ブログで書いた「キャプテンマーベル」観て来ました!!
最強の女性ヒーローということでめっちゃ強かったです!かっこいい!好き°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
4月のアベンジャーズエンドゲームも楽しみになって参りました!!
さて!そんな私の最近の出来事コーナーは置いといて。
本日ご紹介いたしますのは、
ANTWERP BRILLIANT(アントワープ・ブリリアント)のダイヤモンドについて!!
ご婚約指輪を選ぶ時に、皆様が注目するポイントはどこですか?
・デザイン
・予算
・ダイヤモンドの品質!!
この三つが大きなポイントになってくると思います。
そこで今日はダイヤモンドの品質について!熱く語らせていただきたいと思います。
まず、ダイヤモンドの美しさは、「原石の美しさ」と「カッターの技術」によって決まります。
では原石の産地はどこ?
それはこちらの世界地図をご覧ください。
ダイヤモンドは北半球と南時半球でダイヤの硬度が違うということがわかっています。
上の世界地図で国名が記載されている場所がダイヤモンドが主に取れる国です。
ロシア・カナダの北半球にあたる産地のダイヤモンドは南半球の原石と比べると若干柔らかいそうです。
ダイヤモンド業界の中で「美しいものはアフリカから」という格言があります。
私たちが取り扱いをしているANTWERP BRILLIANT(アントワープ・ブリリアント)のダイヤモンドは、
そのアフリカのボツワナ産のダイヤモンドのみを使用しています。
最近でいうと、イギリスのロイヤルファミリー、ヘンリー王子が婚約指輪のダイヤモンドはボツワナ産ということが発表されています。
イギリス王室も認める美しさということですね。
南アフリカの中でも現地の言葉で「光の王子」と呼ばれるジュワネング鉱山の原石のみを使用しています。
このジュワネング鉱山でとれる原石こそが「世界最高品質」のダイヤモンドの原石だと言われています。
使用している原石についてざっくり書いてしまいました!!
みなさま最初に書いたダイヤモンドの美しさは、「原石の美しさ」と「カッターの技術」によって決まります。
という言葉を覚えていますか?
そうです。次はカッター職人についてお話いたします。
ANTWERP BRILLIANT(アントワープ・ブリリアント)のダイヤモンドは、優れた原石・カッターによって作り出されるため、
世界一美しいダイヤモンドであるといえます。
こちらの写真のおじさまが研磨いたします!
フィリッペンス・ベルト(Phillippens Herbert)
1990年ダイヤモンド研磨技術の新たなスタンダードを確立させた研磨の鬼才「フィリッペンス・ベルト氏」その輝かしい経歴はこれまで彼が培ってきたダイヤモンド研磨にかける尽きない情熱と、あくなき探求心、そして仕上がりに対して妥協を許さない徹底的なこだわり、それを支える確かな技術力、天から与えられた特別な才能、すべてが揃って初めて成し得るものなのです。
ベルト氏の紹介をする前に彼の生まれたアントワープがなぜダイヤモンドにとって重要な場所なのか?を少し紹介します。
時は1447年、ブルゴーニュ公国(現在のベルギー・アントワープ)では、それまでとは明らかに違うレベルで「ダイヤモンドをダイヤモンドで磨く」革新的な研磨法が一人の研磨工「ルドウィック・ヴァン・ベルケム(Lodewyk van Berken)」の手で発見され話題となります。
ソーイングブレードやスカイフと呼ばれる鋼鉄の研磨盤を使用した新しい研磨法は当時最先端のダイヤモンド研磨法としてアントワープで発明されたました。
そのため14世紀アントワープはダイヤモンド研磨で世界的な名声を得ていました。
ルドウィック・ヴァン・ベルケムも時のブルゴーニュ公に仕える利き腕のダイヤモンド研磨師でした。
ベルケムは2代フィリップ公と3代シャルル公と2代にわたって長く活躍します。
当時のダイヤモンドはベルケム達の活躍により【割る・切る・磨く】が可能になり希少な宝石素材として注目を集めていました。
それまで人類の歴史上もダイヤモンドは「どんなに権力の強い王様」にも、自在に加工することは出来ませんでした。
無理に衝撃を加えれば思わぬ方向に砕けてしまうダイヤモンド、どうにも加工できない出来ない事から”征服されざる者”という言葉「アダマス」を語源に持つのです。
そんな超絶素材だったダイヤモンドを自在に磨く。
世界で唯一の技術を確立し注目を集めたベルケムの下には様々な王族がダイヤモンド研磨のオファーを持ちかけました。
ベルケムの活躍から550余年・・・そんなベルギー・アントワープのダイヤモンド研磨スピリッツを受け継ぐ数少ないダイヤモンドカッターの一人がフィリッペンス・ベルト氏なのです。
そして現代。1960年8月29日フィリッペンス・ベルト氏はベルギーのアントワープに生まれます。
当時のアントワープは世界大戦の復興に沸いており、中立国として欧州連合や国際連合に参加、経済的にも劇的な復興を遂げていました。
ブルージュやアントワープもダイヤモンド研磨という地場産業で世界からも注目を集め、ベルケムから続くスピリッツを守り世界的なダイヤモンド研磨の基地として栄えており、研磨の聖地と呼ばれていました。
ベルト氏が生まれたケンペンにも多くのダイヤモンド研磨工場が有るだけでなくダイヤモンド研磨の専門学校まであったそうです。
ケンペンには大小多くの研磨工場が軒を連ねていたことからこの地の主要産業として研磨に携わる人は尊敬されており、多くの子供が将来は立派な研磨工になることを普通に夢見て研鑽を重ねた時代だそうです。
ダイヤモンド研磨の分野で天才と称される事になる彼は、10代の時に兄弟の誘いもありダイヤモンド研磨工への道を志します。
そうしてすぐに頭角を現すと、地元ケンペンでは知らない者のいない天才研磨工への道を歩み始めるのです。
常人には複数年かかっても習得困難なダイヤモンド研磨における様々な分野を、人並み外れた速度で取得しわずか数年でダイヤモンド研磨技術の全てを習得してしまいます。
そしてマスターカッターとなったベルト氏はより高い表面研磨、対称性、ファセットの一致を求めるようになり、当時誰にも成し得なかった至高の輝きを求めて80年代はダイヤモンド研磨の作業クオリティーの向上に没頭していくようになります。
1988年GIAによってそれまで理論は有ったものの、未だに誰も達成していなかったラウンドブリリアントカットにおける最高グレード、エクセレントカット(IDEALアイディアルカット)の概要が発表されます。
その類稀な才能で既に”アントワープにその人在り”と言われていたベルト氏の活躍が当時の工場長の目に留まります。
そしてベルト氏はおよそ2000名の研磨工の中からエクセレントカットの開発チームでリーダーとして選出されると1990年にはダイヤモンド業界の念願だったエクセレントカットを達成します。
1990年代はダイヤモンドのカットグレードにおいて「Very Good以上」が極端に難しいとされた時代、ベルト氏は90年代に次々とエクセレントカットを成功させ、現在のスタンダード化への大きな足掛かりとします。
その働きはベルギーのダイヤモンド研磨技術と品質の高さを世界に印象付け、1993年には、エクセレントカットの人気を不動のものにした「ハート&キューピッド」の研磨も成功させます。
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この写真どこかで見たことある方も多いのでは?
この発見はそれまでは誰も気に留めていなかったクラウン部分とパビリオン部分のガードルを挟んだファセットの接合がポイントでした。
今では当たり前の事ですが、当時のダイヤモンド研磨理論ではダイヤモンドを横から見ての光の屈折を計算するものでしたのでパビリオンとクラウンの連続性を重視したハートアンドキューピッドではダイヤモンドをフェイスアップすなわち正面からの展開図で研磨するなど手法に対する考え方そのものも新しく、しかも専用のスコープで誰にでも簡単にダイヤモンド研磨の対称性の優劣が目視で判断できるという画期的なものでした。
この発見は瞬く間に人気を博し世界に広がり、ダイヤモンド研磨業界の新しい常識となり、現在もカットグレードの最高品位とされています。
このほかにも、フィリッペンス・ベルト氏は大手サイトホルダーからの依頼でこれまでに10種もの特殊カットを専属で研磨しており、現在現役で最も注目のダイヤモンドポリシャー(カッター)の一人なのです。
※アントワープブリリアント以外のブランドではベルト氏の名前を謳う事は今後もありません。
いかがでしたでしょうか?
駆け足でダイヤモンドの美しさを決める「原石」と「カッター職人」について
書かせていただきました。
このように原石の産地やカッター職人まで公表しているブランドもなかなかないと思います。
それだけアントワープブリリアントのダイヤモンドは美しさに自信があるのでなにも隠すことはありません。
是非自分が身に着ける、大切なパートナーへ贈るダイヤモンドにこだわってみてはいかがでしょうか?
こだわるなら絶対アントワープブリリアントのダイヤモンドを私はオススメいたします(^^♪